かげ ⑶
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「そういえば、来るとき、北山のサービスエリアに寄ったんだけどね」
千秋は車を持っているので、自分で運転をしてここまで来た。
「そこでコーヒーでも買おうと思って、自販機コーナーに行ったんだけど、何でかわからないけど、もっと奥の方の室内自販機コーナーに入ろうと思ったの。売ってるものは同じだったけど、なぜかそっちで買おうと思って。そしたら、ホームレスみたいなおじさんがうろうろしてて、怖かったんだけど、コーヒーを選んでたら、案の定話しかけられて、
『姉ちゃんどこまで行くんだ』
って言うから、あ、Sまでですって、普通に答えちゃった。そしたら、
『おおそうか。俺も昔Sで働いてたなあ。懐かしいなあ』
ってなって、あたし、その後も普通にそのおじさんと話してたんだ」
「おお、そんな怪しいやつとよう喋っとったな」と、徹。
「うん。でね、話していると、今は北山の近くに住でるんだけど、自転車で家に帰る途中、チェーンが切れちゃって、帰れなくなったっぽくて。しかもケータイもお金もないもんだから、夜が明けるまでここにいることにしたんだ、って。ほら、あそこ自転車専用道もあるじゃん」
「なんや、本当のホームレスやが」
「うん、一晩だけね。それで、コーヒー奢ってくれって言うもんだから、いいですよって、奢って、あそこってパンの自販機もあるじゃん。だから朝ごはん分ねって言って、500円渡してきた」
「なんやお前、そんなことまでしてきたんか」
徹は少し心配そうだ。
「まあ、そのあとすぐ別れたけど」
「はは。変な奴もおるもんやな」
場はそれで終わりかけたが、千秋がまた口を開いた。
「でね」
顔の斜め上の空気を視線で捉えるように、言葉を改めて言った。
「その人がおばあちゃんだったんじゃないかって」
……。
全員ぽかんとして、妙な空気が流れた。その言葉の意味をそれぞれ確かめているように。
そのホームレスのおじさんがミチだった。
千秋にしかわからない感覚だが、彼と別れた後、妙な現実感のなさを覚えたという。
「あたし、結局おばあちゃんに何もしてあげられなかったから。何も孝行できなかったし。ひ孫の顔も見せられなかったし。でも最後におばあちゃんの化身? 何だろ、おばあちゃんの生まれ変わり? 違うか。わからないけど、おばあちゃんの『かげ』みたいな人に、いいことしてあげられたなって。何だかいい気持ちになっちゃった」
真剣な顔でそう話すものだから、皆妙な顔をしていた。
千秋は自分の言葉をかみしめるように頷いている。
たった500円じゃないか、性別が違う、とあざける者もいたが、妙な笑いと、しんみりした空気と、千秋の真剣な顔が相まって、その部屋には、言いようのない淀みが満ちていた。
(つづく 次回最終回)