かげ ⑵
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喪主は娘婿である徹だった。葬儀屋の担当者と、明日の通夜の段取りを進めている。こういう仕事は慣れているのか、さほどの苦労はないようだった。当のミチとは血が繋がっていないとはいえ、やはり気楽にできるような場ではない。むしろ徹のような者が一番気を遣っているかもしれない。彼の性格上、特にそのようだ。
今夜は、ここにいる者らは、ほとんどこの部屋に雑魚寝することになっている。斎場の待機室ということで、シャワー室もあるし、洗面用具も完備されている。車で帰る必要もないので、酒を飲んでいる者も多い。しかしつまみには気をつけているようで、並んでいるものはナッツ類や柿の種のようなものばかりだ。
「急だったの?」
下宿を出る数時間前に祖母の死を聞かされた千秋は誰に聞くとものなしに聞いた。母の敏子は言葉を探しているように俯いていたので、ミチの姪の春子が代わりに答えた。
「うん。朝方危なかったときは、もう大丈夫や、ってなってんけどね、数時間したら、急変したみたいねん。なんせ脳梗塞を三回も起こしとるさかい、本人の意思もわからん状態やったし……」
「そうですか」
通夜の前夜、つまり当のミチが死んだ当日の夜というのは、気持ちの落としどころが難しい。もちろん皆悲しいのだが、葬儀屋との打ち合わせをいう事務的な無感情の作業も同時にこなさなければならないし、たまにしか顔を合わさない親戚との付き合いもあり、ほとんどの人は目が泳いでいる。
「ずっと何が何やらわからんまま生き続けるよりも、今死ねて幸せやったんじゃないか」と誰かが言う。
「父ちゃんと同じとこに行けて、良かった」
「幸せか……」
などと誰かが口々に言うが、敏子は、
「母ちゃんは幸せやったんやろか」
とつぶやき、物思いにふけっていた。
「なんちゅうことを言うげん」
と春子にたしなめられても、苦笑いするだけだった。
「そういえば……」
と、また千秋が口を開いたので、全員が振り向いた。絶妙なタイミングだったのか、なぜか皆が注目を向けた。
(つづく)