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スモキャピ BLOG

かげ ⑴

   ⑴

 その部屋には、季節はずれの蝿が一匹、ずっと飛んでいた。

「これがおばちゃんやったりしてね」

 姪の春子が冗談まじりに呟いた。

「はは、蝿かよ」

 春子の弟が突っ込む。

 当のおばちゃん、ミチは当然ながら黙ったままだ。

 親族たちはほとんどそろっていた。孫の千秋が下宿先を数時間前に発ったと連絡があったので、もうすぐ着く頃だ。

 千秋はミチにとって初孫だった。ミチには娘の敏子が一人いるだけだったので、その娘の嫁ぎ先に千秋がいることになる。今は大学生なので、県庁所在地の国立大学近くに下宿している。千秋の下には高校生の弟の和也がいる。

 初孫が嬉しかったのか、二人の幼い頃の写真の数には差がある。当然、千秋の写真の方が格段に多い。娘の嫁ぎ先といっても、同じ市内なので、千秋と和也はよくミチとその夫(つまり母方の祖母と祖父)の所へ遊びに行っていたものだった。アルバムの写真はそのときのものが多い。

 皮肉なもので、これほどの大勢の親族が集まることはこれが初めてといってもいいかもしれない。ミチのきょうだいとその子たち、ミチの夫のきょうだいとその子たち、娘家族、この通夜の前夜に集まっては、盛り上がっていいものかどうか、皆微妙な空気の中にそれぞれの居場所を探していた。

 春子がエアコンの温度を下げようと立ったとき、ちょうど千秋が入ってきた。

「ああ、千秋ちゃん、久しぶり! しばらく見んうちに美人さんになったこと」

「あ、どうも……。お久しぶりです。ええっと……」

「そや。私のことはどうでもいいから、おばあちゃんに挨拶せんと」

 千秋は「あ、はい」と言って、おばあちゃん、ミチの顔の横に正座し、静かに寄り添った。

 丁寧に合掌して、そっと打ち覆いを上げた。ミチはすやすやと眠っているようだった。本当に穏やかな表情をしていたので、もしかしたら本当に眠っているだけなのかもしれない。そんな風に思えてくるので、不思議と涙は出なかった。ただ、久しぶりに見るおばあちゃんの顔を見ることができて、優しい気持ちになった。

(つづく)

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